出来ることを

2011年03月27日(日)

南相馬市のペンキ屋、(有)原町美装の菅野美紀です。

まずは、南相馬市にいる主人のことを書きます。
物資は届いているものの配る人が足りない、という事で、南相馬市に戻り手伝っている主人。今日は所属している商工会議所青年部の仲間たちと物資の仕分けをしたり配ったりした、という事でした。なんと!その様子をTBCニュース23のキャスターの方が取材に来たそうなんです!放送日は分かりませんが、ぜひ多くの皆様に見て頂きたいです。
主人は予定では、今日中に私たちが避難している仙台市に来るはずでしたが、作業が想像していたより大変で遅くまでかかったようで、明日来ることになりました。

高島職人は、東京に家族が避難しているので、今日は一旦東京に行きました。しかし、2、3日したらまた南相馬市に戻って来て、出来ることをしたい、と言っています。

主人も同様、明日一度は仙台市に来ますが、また南相馬市に戻り、原町美装として南相馬市復興のために出来ることをしていきます。

私は、娘がまだ小さい(1才半)事もあり、原発が落ち着くまでは仙台市にいる予定です。現地に居れないことが、はがゆいです。せめて離れていても出来ることを、という思いで、南相馬市にいる主人たちの事をリアルに書いていけたら、と思います。

ちなみに、南相馬市の店は営業を再開する店が毎日増えてきています。セブンイレブンは本陣前店も再開しました。スーパーのサイヤさん、旧国沿いのスーパーさいとうさんも営業再開。ガソリンスタンドも、国見町の大杉商事さん、マツモトさんも再開するそうです。

話は変わりますが、今日は大学からの友人が、私の所に来てくれました。
友人も仙台で被災して大変なのに、心配して足を運んでくれました。嬉しかったです。久々に話が出来て、とても元気が出ました。ありがとう。
その時に、南相馬市の話も聞いてもらいました。すると、南相馬市のことは、福島県外でもTVや新聞で特集されていたりして、窮状を知っている人は多いし皆さん応援して下さっている、ということでした。それを聞いて少しホッとしました。確かに、宮城県の地方紙「河北新報」さんでも紙面には南相馬市の事が毎日、割と大きく載っています。
今日も、南相馬市長が「自主避難は、あまりにも唐突だ。現地の意見は聞かれなかったし、事前の連絡もなかった。」「現地の状況を分かっていない。操業を始めた会社もある。自主的に動き出した市民にとっては逆行したメッセージ」と政府の方針を批判する、という記事がありました。
今日の16時頃の枝野官房長官の会見を生で見ました。その中で、20から30キロ圏内の自主避難について疑問を抱く質問が出ると、こう言っていました。「その地域の住民の声を聞いて、きめ細やかな対応をしたい。」と。
その言葉が、どうか実行されます様に。