南相馬市近況

2011年03月28日(月)

南相馬市の塗装屋、原町美装の菅野美紀です。

まず、訂正と謝罪をさせて下さい。25日のブログに、東北高校の上村選手が南相馬市出身だと書きましたが、これは誤りでした。大変申し訳ありませんでした。東北高校の野球部が出ているTVを見た際、南相馬市出身の部員が取材を受けていてテロップも出ていたのですが、上村選手の映像と前後していた為、勘違いをしてしまいました。本当に申し訳ありませんでした。
その東北高校は、頑張っていましたね!試合には残念ながら敗れてしまいましたが、最後まで全力でプレーする姿に力をもらいました。お疲れさまでした。

南相馬市では、26日から、原子力安全保安員と東京電力の担当者が常駐する様になりました。「正確な情報交換の徹底がとにかく必要」とする南相馬市長の要請だそうです。

Twitterなどを見ると、「南相馬市から早く住民を避難させるべきだ」という意見も多いです。南相馬市だというだけで、放射能に汚染されている様な見方をされる事も多いです。昨日の新聞に載っている数値では、南相馬市1.21マイクロシーベルト、福島市3.94マイクロシーベルト、郡山市3.12マイクロシーベルトです。(今日の南相馬市役所で測った値は、1マイクロシーベルトを切ったそうです。)南相馬市より倍以上も数値が高い福島市や郡山市では、多くの住民が普通に生活しているのに、なぜ南相馬市は自主的に避難しなければならないのか?私には、そこが分かりません。
情報番組で、福島市の人が「福島市はマイクロシーベルトの値が高いけれども、普通に生活して問題無いのですか?」と質問を送っていました。ゲストの専門家は「問題ありません」と言っていました。それならば、南相馬市も問題ないのでは、と思うのですが・・・。
さんざんTVでもやっていますので御存知だと思いますが、胸部コンピューター断層撮影(CT)は1回あたり6.9ミリシーベルト。単位も、1ミリシーベルトは、1マイクロシーベルトの千倍な訳ですから、南相馬市の今日の値(約1マイクロシーベルト)は、CT1回の値よりずっと低いですよね。
核爆発しそうだ、と言うなら、距離的に近いから避難しろ、と言う意見は分かりますが、現在の段階まで来たら核爆発する事はあり得ない、と池上彰氏の生放送の番組で言っていました。

また、南相馬市からすぐ北の相馬市。こちらは避難指示等は出ていません。相馬市では皆さん普通に生活していて、復興の工事がどんどん行われています。加えて、避難区域から避難して来た人たちが貸家やアパートを求めていて、主人も知り合いの不動産屋に問い合わせたそうですが、もう空きが無くキャンセル待ちの状態だそうです。
南相馬市すぐ隣の相馬市では、人があふれ復興著しい状況なのです。

今日、荷物など取りに主人が一旦仙台の私たちのもとに来ました。南相馬市から来る途中、南相馬市に向う車、つまり南相馬市に戻って来る人たちが随分いたそうです。
お店も、昨日のブログに加えて、国見町のみよしやさん、山田魚屋さん、肉屋ニューさいとうさんがやっていて、飲み屋さんでも「てつや」さんが焼鳥を販売したり、リーベさんは週末限定で店をやるそうです。ターキーさんや、だいこんやさんも南相馬市にもどって来ていて、営業再開に向けて準備をしている所だそうです。ガソリンスタンドは持ち回りだそうですが、高橋治郎商店さんも今日はやっていたそうです。

原町美装も、仕事を再開します。来週頃から、震災時まで手を付けていた仲町保育園と、駅前のマンションが中途半端な状態になっていますので、まずはその現場を終わらせる予定です。お世話になっている工務店さんも南相馬市に残っていたり、今戻って来る状況です。

そんなことで、南相馬市、はやく自主避難や屋内退避が解け、良い方向に行きますよう!街の人間は頑張っています。




出来ることを

2011年03月27日(日)

南相馬市のペンキ屋、(有)原町美装の菅野美紀です。

まずは、南相馬市にいる主人のことを書きます。
物資は届いているものの配る人が足りない、という事で、南相馬市に戻り手伝っている主人。今日は所属している商工会議所青年部の仲間たちと物資の仕分けをしたり配ったりした、という事でした。なんと!その様子をTBCニュース23のキャスターの方が取材に来たそうなんです!放送日は分かりませんが、ぜひ多くの皆様に見て頂きたいです。
主人は予定では、今日中に私たちが避難している仙台市に来るはずでしたが、作業が想像していたより大変で遅くまでかかったようで、明日来ることになりました。

高島職人は、東京に家族が避難しているので、今日は一旦東京に行きました。しかし、2、3日したらまた南相馬市に戻って来て、出来ることをしたい、と言っています。

主人も同様、明日一度は仙台市に来ますが、また南相馬市に戻り、原町美装として南相馬市復興のために出来ることをしていきます。

私は、娘がまだ小さい(1才半)事もあり、原発が落ち着くまでは仙台市にいる予定です。現地に居れないことが、はがゆいです。せめて離れていても出来ることを、という思いで、南相馬市にいる主人たちの事をリアルに書いていけたら、と思います。

ちなみに、南相馬市の店は営業を再開する店が毎日増えてきています。セブンイレブンは本陣前店も再開しました。スーパーのサイヤさん、旧国沿いのスーパーさいとうさんも営業再開。ガソリンスタンドも、国見町の大杉商事さん、マツモトさんも再開するそうです。

話は変わりますが、今日は大学からの友人が、私の所に来てくれました。
友人も仙台で被災して大変なのに、心配して足を運んでくれました。嬉しかったです。久々に話が出来て、とても元気が出ました。ありがとう。
その時に、南相馬市の話も聞いてもらいました。すると、南相馬市のことは、福島県外でもTVや新聞で特集されていたりして、窮状を知っている人は多いし皆さん応援して下さっている、ということでした。それを聞いて少しホッとしました。確かに、宮城県の地方紙「河北新報」さんでも紙面には南相馬市の事が毎日、割と大きく載っています。
今日も、南相馬市長が「自主避難は、あまりにも唐突だ。現地の意見は聞かれなかったし、事前の連絡もなかった。」「現地の状況を分かっていない。操業を始めた会社もある。自主的に動き出した市民にとっては逆行したメッセージ」と政府の方針を批判する、という記事がありました。
今日の16時頃の枝野官房長官の会見を生で見ました。その中で、20から30キロ圏内の自主避難について疑問を抱く質問が出ると、こう言っていました。「その地域の住民の声を聞いて、きめ細やかな対応をしたい。」と。
その言葉が、どうか実行されます様に。




南相馬市で頑張っている人たち

2011年03月26日(土)

南相馬市の塗装屋、原町美装の菅野美紀です。

現在、南相馬市に居る、主人と母と高島職人から聞いた話を書きます。

南相馬市には、どんどん人が戻って来ています。

国は、自主的に避難する事を呼びかけましたが、1万から2万人の残っている人達は、退避するつもりは無い様で、「残る」と言っている人がほとんどの様です。実際、避難の為に出した最後のバスには150人程しか乗りませんでした。逆に、「今日は、あの人が戻って来た。明日は誰々が戻って来る。」と言う会話が絶えない様です。

大変な風評被害を受けていて、誤解されている方も多いと思います。まず、放射線の数値は、福島市や郡山市よりも低い数値です。また、30キロで規制戦が張られている訳でもありません。トラックの運転手や取材が行きたがらない、と言いますが、マイクロシーベルトの値は高くないですし、自由に出入り出来ます。

市内では物資も入って来ていて、消防団の人が運んだり、主人が所属している商工会議所青年部でも物資を調達し運んでいます。
ガソリンも入って来ていて、南相馬市内のガソリンスタンドもやっています。(相馬ガスさんと、旧国沿いのガソリンスタンドがやっているとのことです)
今日から、セブンイレブン原町西店も再開しました。
南相馬市内の寺では、地震や津波で亡くなった方々のため、宗派を問わずに皆で一生懸命拝んでいるそうです。
また、休業する病院が多い中、原町中央産婦人科の高橋委員長は、「患者を置いてはいけない。医療人生を全うする。人生最大の使命だ。」と診療を続けている、と昨日のNHKニュース9や、今日の河北新報に大きく取り上げられていて感動しました。(私が娘を出産した医院で、とても温厚な先生です。)

明日は、南相馬市に自民党の谷垣禎一総裁や、共産党の志位委員長がいらっしゃる様です。南相馬市の現状を見て頂き、まだまだやれる街だという事、どんどん人が戻って来ていて活気がある所を、感じて頂きたく思います。そして、南相馬市民の生の声を聞いていただき、屋内待機解除にお力を貸して下さいます様、心から祈っております。




つかの間の再会 そして南相馬市へ

2011年03月25日(金)

南相馬市の塗装屋、原町美装の菅野美紀です。
昨日、東京に避難中の高島職人と、愛知に避難している母が一緒に、仙台市に避難している私たちのもとを訪ねてくれました。
そして、原町美装の今後の事など、話し合いをしました。

つかの間の再会の後、主人と母と高島職人は、南相馬市へ向かいました。
南相馬市の現状を見て来たり、主人は、商工会議所青年部の仲間と物資を運ぶ手伝いなどをして来るとのことで、数日滞在するそうです。
昨晩電話で話したところ、原町美装のある原町区中太田地区は、意外にも近所の人たちが残って普通に生活している、とのことでした。

政府は、屋内待機区域も避難地域にする事を検討しているとのこと。
しかし、南相馬市は、数値で言っても、屋内待機になっていない他の市と変わりない数値なのです。いま、若い人達もどんどん戻って来ていて、復興に向け動き出しています。そういった人達が、市議会に対して、屋内待機を解除して、普通に生活出来る様、働きかけをしているようです。
もし、南相馬市も避難地域になってしまったら、復興が厳しくなってしまうと思います。なので、なんとか屋内待機を解除して欲しい、と思うのです。

私は、もともと南相馬市の人間ではありません。大阪に9年、仙台市に13年住み、南相馬市に住んだのは社会人になって2年と結婚して3年程です。
しかし、南相馬市が大好きです。南相馬の人は、とてもあたたかく、ハッキリとものを言いますが、情の深い人ばかりです。そして、皆とてもたくましいです。自然も豊かで、山も海もあり、野菜も米も果物もとても美味しいです。気候も温暖で過ごしやすく、とても素晴らしい所なのです。
私は1歳半の娘がいますが、子供を育てるのにも、とても理想的な所で、南相馬市で子育てをするのをとても楽しみにしていました。
本当に南相馬市は良い土地、良い人ばかりです。
国は、南相馬市を見捨てず、普通に暮らせるよう、屋内待機を解除して欲しい、と切に願います。




再始動 仙台から南相馬へ

2011年03月22日(火)

震災より12日が経ちました。私が身を寄せている仙台の街も
復興に向け動き出している感があります。
そんな中、南相馬市は原発事故の件で現在進行形で被災地の只中です。

我が社も現在活動休止をしていますが、いつ迄も留まっている訳にも
行かないと考えております。
ちょっとづつ、ちょっとづつでも前に進んで行こうと。

被災地以外の関係先などに連絡を取りながら
どんな小さな仕事でも呼んでもらえる様努力を続けたい。
正直、手応えは全然です。
それでも、いざ動き出す時の事を考えて今から準備だけはして置きます。

それと同時に南相馬市の復興の一助となれる様、尽力したい。
震災後、原町商工会議所青年部のメンバーも原町に残っている人達を
中心に動き出していると聞きました。
それに呼応する様に、避難していたメンバーも戻って来ています!
私も準備が整えば駆け付けると決めています。




南相馬市の塗装屋 原町美装 震災後の連絡先

2011年03月21日(月)

南相馬市の塗装屋、原町美装の菅野です。

震災後の連絡先について、お知らせ致します。

contact@hbisou.com

080-5010-8212

問い合わせ等ありましたら、こちらの方までご連絡下さい。




南相馬市の塗装屋 職人達のその後

2011年03月19日(土)

震災から一週間が経ちました。
原発の方は、先程のニュースでは、1号機2号機に外部電源接続が終わり、明日以降通電する、とのことでした。うまくいくことを心より願っております。

原町美装の職人たちが、震災後どうしているかをお知らせします。

まずは、高島職人。

高島さんはご両親と娘さんと4人で、東京に避難しています。区役所で事情を話したところ、住まいの受付をしていて抽選だそうですが、決まれば無料で入れるそうです。

門馬職人は、ご家族とともに、山形の避難所におります。

坂本職人は、茨城にいる弟さんのところに避難したとのことです。

今日3人とも電話で話しました。みな、また南相馬に戻りたい、という思い、原町美装として南相馬の復興の力になりたい、という思いは同じでした。

門馬くんは、以前働いた千葉の塗装会社からも声をかけてもらったものの、いつでも南相馬に戻れるようにお断りしたそうです。

私も、皆がいつでも南相馬に戻って来れる様、今居る仙台でしっかりと準備をして環境を整えていきたいと思っております。(菅野美紀記入)




信じられるのは人の縁

2011年03月19日(土)

原発事故の為、避難を余儀なくされた私たち家族のその後の状況を書きます。

 

先述の通り私と妻と娘の3人は仙台へ。

両親、弟、祖父母、叔父、姪+オハナの7人と1匹は東京の妹の所へ一時避難しました。

私たち3人は妻の実家に快く迎えてもらい一息着けました。

ここはガス以外は復旧し、直ぐ前の義祖母の所はプロパンガスでしばらくは持ちそうです。

食糧は何時間か並べば買える。高齢の方には辛そうですが。

 

東京に避難した家族の方は妹の1Kのアパートに8人と言う状態になり

とても落ち着くどころの話ではなくなってしまいました。

そんな所へ、行政書士をしている弟の携帯に1本の電話がかかって来ました。

母の話によると、以前同業者のつながりで弟に仕事をお願いした事のある

愛知県在住のFさんからで、こちらの方で空家があるから、気持ちも落ち着ける為にも

愛知に身を寄越さないかと、言って頂き悩んだ末、両親と弟、オハナは愛知県の

岡崎市へ向かうことになりました。

 

岡崎市のコンビニでFさんと待ち合わせをして市役所へ行き避難者の申請をしたそうです。そこでは災害支援用のセットと毛布を頂き空家へ向かいました。

そこは新築のまだ人の入っていない一軒家で両親と弟は驚いていました。

Fさんからも色々と生活用品を融通して頂いたとの事でした。

その夜は3人と1匹は身を寄せ合って暖をとったと聞いています。

普段あまり感情を外に出さない弟のこの時は、Fさんや、

岡崎市役所の人達などの恩に触れ、

「僕はこの恩をどのようにして返して行けば良いのか。」と泣いたそうです。

 

現在も原発は余談を許さない状況が続いています。

私達の会社も今後の推移を見守るしかありませんが、

早く帰って皆さんに再会できる事を祈るばかりです。




震災から五日 南相馬市の塗装屋

2011年03月16日(水)

南相馬市の塗装屋 菅野です。

私の住む南相馬市は東日本の大震災により壊滅的な状況です。

震災から五日目、原発問題で私と妻と娘は昨日、妻の実家のある仙台へ避難しました。

両親と弟、祖父母、叔父は妹の居る東京に行きました。

従業員たちもそれぞれ避難したと聞いて一安心しました。

 

何とかネット環境も整い、こうしてブログを更新しています。

ただ南相馬市は今も刻々と深刻な状況が続いています。

桜井市長もNHKにて再三、訴えているように事態はひっ迫しています。

南相馬市を何とか救いたい!

残された多くの人達を何とかしたい。まだ友人もたくさん残ってる。

このままではふるさとが潰れてしまう。

何とかしてくれ、国でも、県でも、米軍でも誰でもいいから!

私も外からになるけど、自分に今出来る事を探しています。

では また




ペンキ屋のカステラ

2011年03月09日(水)

南相馬市のペンキ屋(有)原町美装、事務の菅野です。

3月だというのに、また寒くなりましたね・・。明日も一層冷え込むようなので注意したいです。

さて、右の写真は、(有)原町美装の名物になりつつある、カステラです。

事務所で手作りしてお客様にお出ししたり、お礼をする時に作ったりしています。美味しいと、好評なんですよ!

今日も、お渡ししたい方がいて、手作りしました。

実は、このカステラの作り方を教えて下さったのが、HP制作していただいたwebrent須江さんの、お母様なのです!そのレシピは・・・企業秘密!ということにして、一つだけ美味しさの秘密をお教えしましょう。

それは、‘須江さんの自然卵’です。webrent須江さんのお父様、須江文信さんは養鶏をしていて、放し飼いから採れた自然卵で、地元でもとても有名な卵なのです。
←須江さんの自然卵(詳しくは0244-23-3627まで)

ペンキ屋とカステラ。

関係ないようですが、美味しいものは嬉しいし、記憶に残るもの。お客様をおもてなしする名物になればいいなあ、と思います。

以上、事務所より、本日は美味しい情報をお伝えしました。